「原点は現場主義にあり」不和を生む、正論と現実論の温度差

「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きているんだ!」

大ヒットした映画「踊る大捜査線」で青島刑事が叫んだ。この言葉に共感したサラリーマンも多いであろう。

私は今、ものすごく共感している。

なぜなら、とうの昔に現場を離れた管理職である上司が、ふんぞり返って「机上の空論」を振りかざしている真っ最中だからだ。

こちらがなにを言っても聞いてもらえそうにない。

上司と部下の温度差は加速度的に広がる一方である。

目次

机上の空論は強い、だから意見がでなくなる

ここでは「正論≒机上の空論」と考えることにしよう。

部下の提案に、上司が机上の空論で跳ね返す。よくある光景だ。

テレビとかでも、どこかのかしこい教授や専門家と呼ばれる人がコメントをすることがあるが、「なにか違う」と違和感を覚えたことがないだろうか。

筋は通っているし、理屈はわかる。でも、なにか違う。

これは現場を知らない人間が「現場なんてこんなもんだろう」と決めつけることで発生する視聴者との温度差なのである。

同じようなことが上司と部下の間でもおこっているのだ。

上司は理想を語る。部下は現実を見る。

理想を語ることは悪いことではない。誰にでも理想はあり「こうなったら最高だよね」と仲間と共感し、同じ方向を向いて行動できるからだ。

しかし、ここで言う理想とは 「こうすればこうなる」という正論であり、部下に対しての一方的な押し付けである。

正論はだれがどう見ても正しい。理屈はわかる。だが、現場は生き物だ。

実際に現場を動かす部下は、現実を見て「こうすればこうなるとは限らない」ことを知っている。現場は流動的に変化する。だからリスクを回避するために様々な提案をするのである。

部下は正論を真に受けて自分の首を絞めたくはない

しかし、いくら現実に沿った提案をしても、現場を見ようとしない上司の正論をくつがえすことは難しい。

そもそも正論を語る上司は「自分が絶対正義」だと思っている。部下の話など聞く耳をもたないのだ。

だから上司はバカの一つ覚えのように正論を繰り返し、部下はあきれてものを言わなくなるのだ。

温度差が広がると不和が生まれる

正論で武装をした上司と対立しても勝ち目はない。

なぜなら落としどころは正論と現実論の中間にはなく、上司が振りかざす正論側にあるからだ。

現場をよくしようと頑張ってる部下たちの気持ちは冷めていく。

氷点下まで下がった部下の気持ちは凍ったガラス。そこに上司の正論という名の熱湯をかけられると割れるのである。

正論と現実論に生まれた温度差は、部下たちの心を破壊してやる気を失わせる負のパワーとなるのだ。

言うまでもなく、上司と部下の信頼関係不和が生まれる。

そして、現場をよくしようと思う人間は誰ひとりいなくなるのだ。

部下たちは「もうどうでもいい」「あんたの好きにすれば」と思うようになり、会社も現場も可もなく不可もなく静かに沈んでいくのである。

すべての原点は現場にある

会社でふんぞり返っている上司がいても利益はでない。

現場を動かす部下がいるからこそ利益が生まれ、会社は存続できる。だから偉そうにふんぞり返っている上司も給料がもらえるのである。

忘れてはいけない。会社があるから現場があるのではなく、現場があるからこそ会社がある。

すべての原点は現場にあるのだ。

現場から3年も離れれば浦島太郎になる

私たちの上司も現場を経験している。なのに上司と部下の温度差はなぜ生まれるのか。

それは、現場は常に変わっているからである。

顧客の求めるものは単純ではなくなった。理屈では通じないことも多い。その中で現場にいる部下たちは、普段から変化の波に対応している。

3年も経てば現場のやり方も考え方も大きく変わる。

上司のやり方や考え方は、管理職になった時から止まっている。いくら正論であったとしても、もはや時代遅れの浦島太郎なのだ。

その一方、できる上司も確かに存在する。

できる上司は「原点は現場にある」ことを知っている。だから暇さえあれば毎日でも現場に足を運び、現実を直視し現場の変化を掴んでいるのだ。

温度差は時間の差と言っても過言ではない。

時間の差を埋めるには、実際に現場に行き変化の流れを肌で感じるしかないのだ。

上司の聞く姿勢が部下の本音を引き出す

「現場は宝の山」

いいアイデアやトラブル解決のカギは現場に隠れている。いくら頭のいい上司がふんぞり返って机上で正論をこねくり回しても、いいアイデアなんか出てこない。出るわけがない。

実際に現場を動かす部下の本音に「宝の山」が隠されている

宝の山を見つけだし磨くことが上司の仕事であり、知恵である。

正論を押し付けて部下の口をつぐませていては本音を引き出すことはできない。

まずは現場に足を運び、部下と同じ目線で現場を見る。そして腹を割り、部下の話を真剣に聞くことだ。

上司の聞く姿勢がちゃんと整えば、部下は本音を語る。

その本音の中にある宝の山が、現場はもとより会社を飛躍させる大きなヒントになるのだ。

会社は現場のサポート役

会社側の人間はなにかとルールを作り、現場に無理難題を押し付けようとする。これが会社側の仕事だと勘違いしている。

会社と現場は対立するためにあるわけではない。ましてや会社は現場を監視するためにあるわけではない。

会社も現場も1つのチームだ。

現場の生産性の向上、品質の向上、利益の確保などは、ルールによって縛り付けても改善はしない。よけいに窮屈になり動きにくくなる。最終的には窒息してしまう。

現場をより良くするためには、部下の負担を減らすことが先決だ。そのためには上司を始めとする会社側の人間がどれだけ現場をサポートできるかにかかっている。

「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きているんだ!」

会議室で書類を眺めていても犯人を捕まえることはできない。形骸化した書類や会議などはやめて現場を見る。

すべての原点は現場にあるのだから。

今の時代だからこそ「現場主義」に立ち返る

インターネットが開発され数十年がたち、コロナの影響でリモートワークが定着しつつある。

だが、現場というのは現場でしか成り立たない。いくら技術が発達しようとも、現場はなくなることはないのだ。

※AIが発達したらあるかもしれないが

まあ、机の上で正論をこねくり回してもただの空論である。そんなキレイで理屈の通った話は聞き飽きた。会社の中で偉そうにふんぞり返る昭和の時代はとうの昔にあなたと共に終わったのだ。

上司であるあなたが現場を見ないのであればとくに用はない。

私たち部下は現場主義なのだから。

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